ビロードの貴公子

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 1996年6月29日、エルブスコ。

 私たちはマルケージのテーブルについていた。その日はケイコの誕生日で、初めからワインを2本頼むと決めていた。1本目はイタリアのもので2本目はフランスのものを。でも、誰もイタリア・ワインに精通していない。結局面倒なので、ソムリエに任せることにした。すると出てきたバローロ(マスカレッロ?)が美味しいのなんのって…。結果、フランス産を自分たちで選ぶことができなくなる。そこで再びソムリエに頼むと、にやつきながら、「この後にフランスのワインを飲むのなら、これしかない。」と、彼が指差したのは、

 Romanée-Conti 1971/1973

 アハハハ、笑わせてくれるじゃん、ソムリエ君。いくらなんでも、ロマネ・コンティが高いのは周知の通り、買えるわけがない。案の定、リラ(当時1円=15リラ位?)表示の価格は0の羅列だ。ほら1つ、2つ、3つ、4つ、あれっ、間違えたかな。1つ、2つ、3つ、4つ…、嘘。正確な金額は覚えていないが、どうでもいい。とにかく2000フラン以下。つまり4万円しない。うわっ、ここで逃げたら食い道楽の恥。もう頼むしかない。

 ソムリエもシェフに交代し、厳かな抜栓の儀式の後、徐ろにグラスに注がれたロマネ・コンティを一口口にしたケイコは、

「ああ、こんなビロードのような飲み物があるなんて、一体あなたは誰、ロマネ・コンティ様!」

と、もうぞっこん。その名を心に刻み込んだ。