酒肴 天馬 – 天将 雅子

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 天馬が見つからない。百間町を行ったり来たりするが、ない…。何度か通り過ぎた末に、「もしかして、ここ?」と、看板も何もない、ただ戸の開け放たれた入り口の中を覗いて見ると、「あっ、いた。」酒肴天馬の女将、馬渕雅子さんが、カウンターの中で何かゴソゴソやっている。「こんにちは。探しましたよ、もう。」「ええ、そうなんですよね、うちはのれんしかないから。」

 なるほど、のれんか。確かに、かかっていなかった。まぁ、のれんは開店している時にかけるもの。閉まっている時は無用で、それで場所が分からなくても関係ない。正論だ。そもそもその日、天馬は定休日だった。ただ中川さんが「鯛鍋をやろう」と、それで休みの天馬が閉店稼業状態になったわけ。ありがとう、中川さん。お休みの日に、どうもすみません、雅子さん。

 そののれん、黄地(和色の黄支子色?)に黒の跳ね馬。となれば、フェラーリの格好良い跳ね馬を連想するけど、ここのはちょっと小太りのペガサス(翼のある馬=天馬)。のれんの唄い文句「酒と旬魚とうまい時間」でほろ酔い加減か、赤いほっぺが可愛いらしい。なんとなく、グレイスフル(みやび)!

 お鍋は最初雅子さんが用意し、途中からガブマル食堂の有村さんが見張り番。そろそろいけるとみんなでつまみ出したところに中川さんが現れて、「喝!」順番が違うぜと、新若布(これが美味しい!)から入れ直し、次に二つに割った鯛のお頭を両方ともドカッ、しばらくして煮立ったらできあがり。豪快で滅茶コクのあるお鍋は、さすがです!

 鯛鍋を食したところで連れが、「明日のための連絡を入れなければ」と、訪問先に電話を入れると、なんだか明日の朝7時に鳴門へおいで、と言われているみたい。「いいよ」と気安く受けたが後で駅探で調べると、「えっ…」(また)「ない。」明日の朝7時に鳴門にいるには、今晩21時に高松を出るしかない。はてさてどうしたものか。う~ん、もうレンタカーしかない!

 でも、そこでハタと気がついた。「早朝、レンタカー会社は閉まっているよね。」つまり、今日中に借りるしかない。そしてその時、ヨーロッパでは思いもよらぬことが頭の中をよぎった。「もしかして、私、飲んでる?ヒェー。」すると雅子さんが、「うちの若い子に頼んであげる」と電話で「代行」を交渉。おまけに、レンタカーまで予約してくれた。助かった、本当にありがとう!

 と言うわけで、天馬に食事に来る前に、私たちは一度天馬で食事をしてしまった。いや、正確にはそうではない。雅子さんによりれば、正にそのお鍋を食べたテーブルで、もう何年も前に、私たちは中川さんと一緒に座って飲んでいた、と言う。そう言われれば、確かにそこにいたような気がする。でも、よく覚えていない。ただいずれにせよ、寿司中川で食事をした後のはず、飲んでいただけじゃないかなぁ。だから、これがカジ(CASI=殆ど)初めてです。

 雅子さんは、昨年スペインにやってきた高松CHAVALSのなかで、紅一点の女将(よく「オーナー女将」と紹介されている)。明るい顔をして、お似合いの可愛らしい作務衣で身を包み、カウンターの内側に立っている。何故か、みんなから「天麩羅の雅子」と呼ばれるが、「私、別に天麩羅が専門じゃないっすよ」と本人が言う通り、お店は居酒屋で、上方で修行した腕前を、和食全般に披露している。

 まずは、カウンター席に着いてすぐ、若ごぼうのおひたしが出てきた。そして豪勢なお造り。鯵、鯛、鱵、太刀魚、赤貝等々、その後ろの器には別盛りの雲丹と烏賊。「ああ、雲丹が美味しいそう~」と、最後に頂く。そうしている内に、次は若布とタケノコ炊いたんだ。「クックックックック!」東者には妙に愉快な響の「炊いたん(炊いたもの)」。でも、この時期だけの新若布と新芽のタケノコの美味さを前に、そんなことに構っちゃいられない。

 さてお次は、おぉぉ、出た!さっき、もろにもっと欲しそうな顔をしておいた「雲丹」のお造りが再登場。しかも、中川さんに向こう脛を張ったるわい、とばかりの盛りよう。「頂きます、豪傑女将!」と言いたいところだけど、ちょっと待って。次のさくらますの桜蒸し(嬉しい。これって、「桜餅、桜餅」と喚いていた連れへの忖度料理?)、のどぐろの塩焼きに牡蠣葱バター焼き、(ここで私だけ牛の一口カツ!)と食べ進んでいくと、違うんだなぁ。なんと言うのだろう。うーん、全てが丸い、いや、穏やかで、そう、温かい。下手すりゃ痛みさえ感じる職人技を、雅子さんの人也が優しく包んでいる。だから本当に寛げる。

 それでも敢えて、家庭料理とは呼びたくない。その答えは天麩羅(穴子)にあり。やっぱり美味しいよ、天馬の天麩羅。さすが、「天麩羅の雅子」の異名を取ってしまうだけのことはある。優しさの中に何処か筋が通っていて、やはりこれは家庭の味ではなく、「天将(天馬の女将)雅子」の味だ。こういう料理なら、常連客がついて当然、当然。偶然隣りの席に居合わせた人も、高松へ来る度に訪れると言っていた。なんだか嬉しくて、その人に一杯おごっちゃった寺田本家の懐古酒。これがまた和食にというか、天将の天麩羅に、本当にピッタリ合う。そして滅茶美味のうなぎ丼にも最高です!

 ごめんなさいね、雅子さん。「酒と旬魚とうまい時間」の空間に、こういうよそ者を連れ込んで。でも、分かってもらえるでしょう、ここまで来ちゃった私たちには、やはり自然酒以外はきついのです。それから、それでも、そしていつでも日本人をしています。私の最後の締めはお酒ではなく、やっぱりお味噌汁(しじみ汁)。ごちそうさま!