二刀流に憧れて – れんげ料理店

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 大岡さんと別れた後、岡山で寄り道したせいで、高松へ戻るのが遅くなり、その日はお昼を食べずに終わった。しかも午後から雨になり、ちょっと憂鬱。夕食は八時半なのでまだ時間はあるが、雨は止みそうにない。今晩行くれんげ料理店は、ホテルからちょっと離れている。どうしよう。歩こうか、それとも、タクシーにしようか。

あべ 結局、八時を過ぎても雨が止まず、ホテルを出てすぐにタクシーを拾う。が、それがちょっと裏目に…。正確な住所を伝えると、タクシーはちゃんと裏道まで行ってくれたのに、レストランらしきものが見えない。どこだろうと、タクシーを降りた後、人間(それとも私?)の習性か、前へ進み探すがみつからない。そうするうちに、雨の中、結局その区画を歩いて一回りする羽目になった。そして元の場所へ戻り、小さな看板に気がついた。えっ、ここがレンゲ料理店?一軒家(?)なんだ。タクシーが5mオーバーランしてるじゃないか。

 ドアを開けると、いきなり熱気が伝わってきた。滅茶苦茶賑わっている。連れによると、高松で人気の居酒屋だとか。これじゃぁ、「隠れ家的で分からなかった」なんて言えそうにない。そうか、ここが昨年中川さんと一緒にスペインにやってきた「憧れ」の安倍隆彦君の店か。やっぱり人気があるんだ。その安倍ちゃんが、「いらっしゃい。どうぞ」と、入り口側のカウンターの後から、笑顔で声をかけてくれた。

 何が「憧れ」かと言うと、実は私、安倍ちゃんの包丁さばきに惚れこんじゃったんだ。とにかく凄くて、見とれちゃう。昨年、ジョアン・ラモン エスコーダのレストラン、トッサル グロスでのことだった。牛の生肉ステーキを作ろうと私が肉を切り出した時、安倍ちゃんが「やりましょうか」と言ってくれた。それじゃお願いしますと頼んだら、二刀流と言うよりはまるで二丁拳銃をぶっ放すように、両手に持った包丁でダダダダダッとまな板を引っ叩き、肉を切りだした。そしてあっという間にカルネ クルーダ バッテュータ ア コルテッロ(二刀流だから「コルテッニ」か)ができあがった。うはぁ~、早い。いやはや、その凄まじさに、呆気にとられる。よくプロとは?と尋ねる人がいるけど、アマとの違いは、絶対に仕事の速さですよ。

 そんな安倍ちゃんが、お通しのレンコン、しいたけ、めきゃべつに生麩の焚き物とジャコとナス+ミョウガの和え物、そして飯蛸に香川の牡蠣、鰹(?)の叩きの後に出してくれたお造りの中に、見慣れぬものがあった。なんだろうと思っていると、「のれそれ」だと言う。アナゴの稚魚だそう。透き通っていて、その神秘的な姿から、水の妖精とも呼ばれるらしい。口に含むと、ほんのりとした甘味で美味しい。素敵な珍味をありがとう。

 安倍ちゃんの料理はまだまだ続く。肝にアナゴの焚き物(今回の旅行は何故かよくアナゴに出会い嬉しくなる)に香川の鮭の焼き物、アサリの酒蒸し、そして揚げ物。ここで「まだ食べられますか」の声に「うん」の一言。さらに揚げ物一品+私だけお肉のおまけ、そして飯物にお汁、お漬物等々。それにしても、よくもまぁ、こんなに沢山(食べるのではなく)こさえるもんだ。

 やはり安倍ちゃんは仕事が速い。滅茶速い。彼の目の前のカウンター席をとっておいてくれたけど、見ていて休む気配が全くない。何か始めたなと思うと、猛烈な勢いで作り上げ、終わると、次のものにとりかかる。たまに、モグラ叩きのモグラがヒョコッと顔を出すように、笑顔を見せてくれるけど、すぐさま首を引っ込め仕事を続けている。ゆっくり、話をする暇など全くない。

 その日、私たちがれんげにいる間に、可笑しな出来事があった。食事がかなり進み、一組のおじさん(?)グループがやってきた。さすがに、もう終わりの時間帯に入っているので、「申し訳有りませんが、本日はもう閉店です」と丁寧に追い返し、ドアを閉めた後だった。アルバイト(?)の若い男の子が「あれ、親父」と言ったのは。私たちにはその意味が分からなかったが、最初は「えっ?」と怪訝な顔をしていた安倍ちゃんが、やがてなんとなく「おとうさん?」と事の次第を察知し、その瞬間大慌てで、「うわぁ、呼び戻して、呼び戻して。」結局おじさんグループが戻って来て、安倍ちゃんは平謝りでお仕事再開。ああ、これじゃ、いつまでたっても終りそうにない!

 話に聞けば、仲間内でもっとも早い時間から仕込みを始めるらしい。そして、店の片付けが終わるのも誰よりも遅いとか。つまり、仕事をしっぱなし、働きづめのようだ。実はその日の食事の後、真夜中過ぎにガブマル食堂で、フランスから持って来たワインの試飲会をみんなとやった。そこには勿論、安倍ちゃんも来てくれたけど、やっぱり疲れるだろうね、居眠りしていた。

 そんな安倍ちゃんに頼み事が一つ。一度でいいからいつの日か、安倍ちゃんが作ったお料理を、私たちだけにゆっくり差しで食べさせて。ケイコ&マイカからのお願いです。