なんたってMOVIA

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Aleš Kristančič – MOVIA

 リーデル用の撮影でVie di Romansを訪問するために初めてフリウリへ行った時、適当に走り回っていたら予定外にスロベニア国境に出くわし、慌てて引き返したことがある。その後2006年、その国境を超える機会が、ようやく私たちにやってきた。MOVIAの訪問だ。ただ当時はまだ、EU加盟国にも関わらず、他所の国からやって来る不法移民対策の名目で、スロベニアとイタリアの間には検問所が残されており、地元住民以外は幹線道路の国境を通過しなければならなかった。

 それが2007年12月22日に撤廃され、名実共に誰でも自由に行き来できるようになった。MOVIAからわずか200mの所にあった検問所を、地元の人の車に同乗せてもらいサングラスをかけて通過した話や、小さな石柱で示された畑の中の国境線上にいると監視のヘリコプターが頭上に飛んできた話も、これでやっと過去のものとなった。ただ、イタリア側から国境を超えた瞬間にナヴィが消える状況だけが、汚物のようにしばらく続いた。

 ことMOVIAに関しては、その扉が以前から大きく開け放たれていた。初めて訪れた時には、その凄さに度肝を抜かれたものだ。小奇麗な淡いピンクの館に入ると、音楽が鳴り響く。見れば、煌々と灯りが灯された室内の壁の至る所に現代絵画が掛けられ、正面の円形階段の横には自家製の生ハムやクルミが並び、半階上の広間には五十席にも及ぶ食卓が準備されている。一瞬、「何処かのレストランに迷い込んだ」と思ったほどだ。

 

 それだけではない。その日の客(団体)はなんと夜の十一時に到着した。そして、アペリティフを済ませ、蔵見が始まったのが真夜中の十二時過ぎ。その後宴会は、朝の四時まで続いた。当然、すぐ上階の貴賓客で寝ていた私たちにとってはたまったものではなかったが、それにしても他では考えられない凄まじい受け入れ態勢だ。その御陰か、小国スロベニアを代表する社交場として、MOVIAには度々国賓級の来客もある。

 全く、上には上がいるものだ。イタリアに来だした頃は、フランスに追いつけ追い越せの姿勢に感服したものだが、一度、足を踏み入れると、スロベニアはそれ以上の国だった。

 このMOVIA外交の陣頭指揮を取るのがアレシュ クリスタンチッチ。自ら先陣を切り世界中を駆け巡り、自慢の「PURO」の澱切りを兼ねた抜栓を披露しながら己の哲学を説く。人集りのできるMOVIAショーの始まりだ。このエネルギー満載のエンターテイナー、アレッシュの活躍の場は、人前だけではない。実は彼、紛れもない夜の帝王だ。(あっちの方もそうかもしれないが)、収穫の日、彼は毎晩真夜中に一人でせっせとワインの仕込みをしている(と言うか、昼間働いているところを私は殆ど見たことがない)。派手な外交政策を支えるこの地道な作業、それを知って初めて、PUROが本当に美味く感じられたのは、私だけだろうか。