心を込めて

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Roberto Voerzio – A.A. Roberto Voerzio

 リーデル用の初めての外国(フランス以外)での撮影にあたり、イタリアの生産者との調整はジェナーロ イオリオに頼んだ。例の、私たちをスロー・フードに引き込んだSBMの仕入れ部長、イタリア・ワインに滅法詳しかった。その彼がまず挙げたのがロベルト ヴォエルツィオ、そしてルッチアーノ サンドゥローネ、パオロ スカヴィーノ、ドメニコ クレリコ、ジオルジオ リヴェッティ、アンジェロ ガイアと、ピエモンテの大御所たちだが、「あああ、殆ど知らない…。大変だ。」ただ、ロベルトの名が気になって、気になって、手紙を出した。すると、

「葡萄栽培家は本来畑にいるものだ。ネッビオーロの最終収穫日は9月25日。その前に畑で会おう」と、2003年早秋、すぐに一通のメールが届いた。面白そう。どんな田舎の、無骨で頑固な親父が現れるのか、楽しみだ。

 ピエモンテまでは、家から車でざっと二時間半の距離だ。ブルゴーニュに比べればお隣、大したことはない。が、まだ行ったことがない。高速でサヴォナからトリノへ向かうA6号線に乗り換え、カッルーで降り、タナーロ川沿いにバローロ、ラ モーラ方面へ。そしてノヴェッリョの登り坂を過ぎた時、私は思わず息をのんだ。「うわぁ、何、これ…。」

 眼下に広がる初めてのピエモンテの景色に、完全に圧倒されていた。箱庭に納められたような幾つもの丘陵。その合間の斜面を埋め尽くす無数の葡萄、葡萄、葡萄…。あまりにも衝撃的な光景だった。感動とは違う、殆ど恐れにも似た驚愕だった。「凄過ぎる。ブルゴーニュなんて大したことない…。」

 ロベルトのカンティーナへ着くと、鉄格子の扉が閉まっている。中では作業人がペンキ塗り…。えっ、今、収穫中じゃぁ?なんて、のんびりしているの、と呆れつつ(?)、呼び鈴を鳴らし中に入り待つこと五分。すると金髪のチリチリ頭の男が現れた。「はっ、これがロベルト?オー、粋じゃん。」

 後で聞いたのだが、どうも以前は長髪で、ロック歌手さながらだったらしい。おまけに人懐っこうそうな奇麗な目をしていて、見つめられるとゾクゾクする。ただ笑顔とは裏腹に、どことなくドスの効いた声。押しは強そうだ。そして言葉の端々から、静かな熱い個性のかたまりであることが、ひしひしと伝わってくる。ロベルトはそんな男だった。

 早速、畑へ行くことになった。「四駆でないと無理だから一緒に乗れ」と言われ同乗。ゆっくりとした速さでラ モーラの村を抜け、村外れの畑に車ごと入って行った。物凄い下り勾配だ。ブレーキを踏んだだけでスリップしそうな急斜面の中腹で車を停め、ロベルトが外に出た。一つ間違えば転倒しそうな急勾配におどおどしながら辺りを見回すと、葡萄に進みよったロベルトが房を手に取り、言った。

「奇麗だろう。よく面倒をみてやったんだ。心を込めて!」

 太陽の光に透かされ一つ一つの粒が美しく、まるでそれを見つめるロベルトの目のように輝いていた。その輝きに心が躍る。するとロベルトが再び言った。

「口だけの葡萄栽培家と俺は違う。それじゃもう一度、心を込めて!」

 実はこの時に撮ったロベルトの写真が、後に2009年のVINEXPOの際に催された第一回葡萄畑及びワイン隔年写真祭のポートレート部門で受賞作となった。その時、あるオフの会場で出会った知り合いから、

「ロベルト ヴォエルツィオを知っているだろう。奴、今ボルドーに来ているんだ。VINEXPOでのイタリア・ワイン試飲会にね。でもそれがさ、奴がボルドーの街中を闊歩していたら、いきなり目の前に大きな自分のポートレートが現れて、ぶったまげたらしい。」

 それって、勿論私の写真だよね。よりによってボルドーで、ロベルトとロベルトが鉢合わせするなんて、思ってもみなかった。そりゃ、ビックリするよね。ロベルトの顔を想像するだけでも可笑しい。『ポルコ ディオ(豚神、神を罵ったイタリアで最大級の悪言、でも結構使われる)』とでも叫んだかも。

 ロベルトとボルドーと言えば、可笑しな話がある。何時だったか一度、リーデルのヤイールと偶然ピエモンテで再会した時だ。彼は、「試飲会に招待された」と言っていた。バローロかバルバレスコの試飲会と思えばそうではなく、「知り合いの有名なフランス人ボルドー収集家が、年代物のマグナムをピエモンテへ沢山持ち込みパーティをやるので、プライヴェート・ジェットで一緒に来た」と言う。

 その試飲会は有名なチェザーレ(ガイドブックに載るのを極力嫌う有名なシェフ)の店で、白トリフの特別料理に合わせ行われたようだ。その時はただただ感心するだけだったが、後でピエモンテの有名どころの生産者も招待されていたと聞き、ロベルトに尋ねると、

「ああ、あの収集家ね。なんか俺のワインに惚れ込んじゃってさ、それで手に入れたい一心であんなことをしやがった。やたらめったら年代物のマグナムを開けていたけど、バフ…、殆ど残っていたぞ」と、笑っていた。

 自らの「凄さ」のご披露だったのだろうが、誰もが年代物のボルドーに平伏するわけではない。そもそも、競争相手が自分の縄張りに土足で踏み入り荒らすのを、誰が喜ぶだろう。愚かなことをしたものだ。結局の処、白トリフとボルドーでご満悦だったのは、マグナムを持ち込んだ収集家本人と、便乗組のヤイールだけ。地元の人達にとっては、やはりバローロかバルバレスコしかない。

 それはそうと、この収集家がボルドーでロベルトの写真とご対面していたら、白トリフの強烈な香りのような激しい恋心が再び燃え上がったか、それともバローロのあの淡いレンガ色にも似た失恋の想い出を噛みしめることになったのか、どちらだっただろう。