アンダルシアの大黒様

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Antonio Barbadillo – Bodegas Barbadillo

 もう一人のアントニオは、サンルーカル デ バラメダにあるボデガス バルバディーリョの頭首だった。人はみな、彼のことをトトと呼ぶ。この親しみ易い響きに、会う前から親近感を覚えていた。そして約束の日、ヴィネクスポ東京で知り合ったベルトゥラン ヌエル(当時バルバリーリョ海外販売部長)に連れられ、フェリア(祭り)の会場に赴いた。一際賑わいをみせるバルバディーリョのカセータ(小屋)で、渡されたマンサニーリャを味わっていると、やがて中の一角が一段と華やぎを増した。「トト」の登場だった。

 トトの周りに大きな人垣ができる。その中で、身の丈の高い者に囲まれながらもトトは、その恰幅のよさで周囲を圧倒している。そして、まるで少年が間違ってそのまま老齢期に入ってしまったような、何とも言いようのない人懐っこい面影で、周囲を引きつけている。マンサニーリャの帝王は、正にアンダルシアの大黒様のような人だった。

 フェリアの会場はお祭り気分の人々でごった返し、撮影どころではない。そこで、後日改めて彼をボデーガに訪ねることにし、私たちはその場を後にした。撮影の日、トトの仕事部屋に入ると、そこは何故か、博物館長室を思わせるような装いだった。簡素な室内には扇風機が置かれ、エアコンはなかった。テーブルの上にはボトルとカラフが並べられ、部屋の片隅にバケツと洗面器が置かれていた。なんと、トト専用のグラスの洗い場だ。

「今はあまり飲まなくなった」と言いつつ、味わい深げにグラスを傾けるトトは、私たちを退屈させまいと、知る限り日本のことを話題にした。ところが、実は彼はまだ一度も日本へ行ったことがなかった。そんな八十歳の少年の愛らしい気遣いと謙虚さに、私たちは自然と頭が下がる思いだった。正に、「人生とは年齢ではなくどう生きるか」であると、しみじみ教えられる出逢いだった。

 トトはその後亡くなられたが、逸話が残っている。ある日、フェリアで大いに飲んだトトは、帰り道で警察の検問にひっかかった。当然、アルコール・テストとなるが、

「はい、吹いて。…。おかしいな、出ない。別の風船でやってみよう。それじゃ、もう一度これを吹いて。もっともっともっと。…。うーん、またでない。それじゃ、署に戻ってやってみるか。同行願います。」

 警察署に連行されたトトは再びテストを受けるが、結果は相変わらず陰性。こうなると警官もどうしようもない。「(何故か)アルコール反応が出ないので、どうぞお気をつけてお帰り下さい」ということになった。

 後日、この話題が紙上を賑わした。マンサニーリャのフロール(酵母膜)にはビタミンが多く含まれ、結果マンサニーリャを飲むと肝臓の働きが活発化され、アルコールを早く吸収、検挙され難いと、載ったらしい。永遠の老少年トトは、マンサニーリャの発展に正に体を張って貢献したようである。

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