蔵の守り主

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Antonio Sanchez Romero – Bodegas Toro Albalá

 ゴビーに立ち寄る前に旅したスペインには、印象的な二人のアントニオがいた。奇しくも両者共アンダルシアの人。一人はアントニオ サンチェス・ロメーロ、アモンティーリャードで有名なトロ・アルバラの頭首だ。彼のボデガは、アンダルシア地方のコルドバから南へ約五十キロ、アギラール デ ラ フロンテーラの街にある。ここはまた、アンダルシアのフライパンの異名をとる極暑のエシハから東へ約五十キロの地点でもあり、灼熱の地であることは言うに及ばない。

 が、トロ・アルバラの薄暗い蔵に一歩踏み入ると、そこは冷んやりと肌に心地がよい。救われたように階段を下りて行くと、半地下の蔵の上部に開けられた丸い天窓から、信じられなような美しい光が溢れている。そして日溜まり…、半闇に眠る無数の樽の合間に、天から降り注ぐ数条の光に照らし出されポッと浮き上がった空間。この光景、どれだけの人が目にできるだろう。もしかすると、明日の陽ではもう見られないかも。ああ、これは天から与えられた瞬間だ。

 その中に、アントニオが立っていた。が、ほんの一瞬だった。詩人のような潤いを秘めた彼の笑顔が光に浮き上がるや否や、沙羅双樹(ナツツバキ)の如く、スッと闇の世界に吸い込まれた。自然に、そしてあまりにも美しく消えていった。そしてその中から、しきりに神秘的なことを語りかけてくる。

「このカヴには大切な住人がいる。」

 蜘蛛だった。三種類が住みつき、外敵の蚊や蛾から大切な樽を守っているという。近づいても怯むことのない小さな用心棒達。そんな頼もしい住人たちに優しい視線を投げかけ挨拶をするかのように、アントニオは蔵の中をゆっくりと歩き回っていた。そして一つの樽に辿り着くと、その前で黙って立ち止まった。よく見ると、樽に封印がされている。

「以前、日本人の某画家が訪ねて来てね。」

と、アントニオが口火を切った。

「その時に、彼の作品と交換ということで、この樽に封をしたんだ。それからずっとここに置いてあるんだが…。あの日以来、彼がまだ来ないんだよ。」

 怒りも失望も無く、静かに眠る樽をそっと見つめながら、アントニオはその話を夢物語のように悠然と語った。その時の彼の面持ちには、確かにペドロ・ヒメーネスの時の流れにも似た何かが、脈々と息づいているようだった。